9/11 農業は国の基である
ただし、この田んぼいわくつきであった。どぶ田で今でも粘土質のあぜ道部分はくるぶしまでぬかる難物。加えて数日前からの大雨は「こがねもち」の餅米を倒伏させ、作業を難しくしていた。
それでも子供たちは元気だ。水分を含んで重くなった稲束をぬかるむ中で刈り取り、老人会のメンバーの指導を受けて藁で束ねることに。なかなか縛ることはできない。持ったそばからパラリとばらける始末。
4時間え終了の筈はとっくに終わり、未だにこれだけ残ってしまった。正にしまった・・・である。
この時期どこの学校でも学校田を作っているところは稲刈り作業が満開の筈。こととらも「上越タイムス」や「JCV」が取材でぱちぱち、学校側でもぱちぱちと記録に忙しい。だが、待てよ・・・そんなことより子供たちと一緒に田に入り、やり方を教え、師範することのほうが大事な筈。・・と昔の自分反省することしきり。
こんなどぶ田にコンバインが入る筈もなく、昔ながらのバインダーで刈り取ることに。しかし、倒伏した稲穂がバインダーに食い込むことひどく。人力で稲藁を起こすことに。人手が何倍もかかかることに。
学校田は校舎そばにもあった。花壇をつぶして稲を作ったそうな。筆者以前はバケツ稲作と称してバケツに苗を植えて育てた経験も。しかし本当の稲作はそんなものではない・・・忍耐と・・忍耐と・・忍耐がなければ百姓はでいない。実家が水呑み百姓の筆者の実感である。
刈り取った稲藁を干すにははさ木が要るがここでは手に入らない。ましてや乾燥機は御法度。カエルが泳ぐプールのヘンスを利用して見事天日干しができた。これで味は最高となる。
終わってみれば、泥だらけの子供たちの姿、はじめはキャーキャー言っていた5年生だが真面目な面持ちに変わり「一生で一回だろうが得難い経験をしました。」と殊勝な声が返ってきた。乾燥と脱穀が終わって待たれる収穫祭・・呼んでもらたいものである。