6/2 弱き者それは子供
厚木市で起きた当時5歳とみられる男子の白骨化した死体遺棄事件。親と名の付く人であれば「なんでこんなことが起きるの?」と悲しみと怒りとかわいそう・・の気持ちを抑えることはできない筈。
何の罪もない、これから途方もない大きな可能性に満ちた人生が送るに違いない、この小さな魂を誰が奪っていいいものか、否誰も奪えない筈だ。
世の中はどこか狂っているとしか言いようがない気持ちにさせられた事件である。
何の不自由もなく保育園や学校に来られる子供たちの陰には、恵まれない、不幸な星の下に生まれた子供たちのなんと多いことか、今更ながら驚かされる。未熟な大人の身勝手な行動、いつも被害を被るのは社会的弱者である子供である。
役所は通り一片の対応しかせず、正に想定外とでも言わんばかりの口調で自己弁護ばかり、縦割り行政はそのほころびを露呈するばかりである。
今の世の中、「心の豊かさ」を持った人がどれほどいるのか。お隣さんにこのような人が居たなら事件は起こり得なかっただろう。
物質的な貧しさは人を卑屈にもするが忍耐と努力というばねにもなる。この苦境をどう乗り越えるかは教育の力で決まる。教育は学校だけではない。教え育てる行為は親と社会全体で行うもの。「よその子も地域の宝、わが子同様、叱りながら守り、褒めながら伸ばす」そんな地域社会であればこのような事件は起こらなかっただろう。
・・と、できもしないことを筆者は熱く語ったが、同じ年頃の孫を7人持つ筆者には、心を痛めたあまりにも大きな事件。世界より、まず日本を見よう、遠くより先ず足元を見よう、・・だれかが泣いている筈、そんな気持ちでいたいけない子供たちを見守りたいものである。
理玖君のご冥福をお祈りしたい。合掌