1/13 友の遠方より来るあり、また楽しからずや
数え上げればきりのない心配の種は続く。総会と祝賀会の二部構成となっており、総会では会務報告と会計中間報告がなされ、一つだに質問・意見はなかった。そして、長年の功績が認められ栄誉ある叙勲を受けられた方、県教育委員会表彰を受けられた方に会員からは惜しみない拍手。
今は閉校でなくなった学校で一緒に机を並べた仲間、先輩後輩の関係は退職後も続き、年に一度盃を傾けながら往時の思い出話に華を咲かせる前後には必ず「今年も会えてよかったね。」「一緒に呑めるのも今年で最後かも?。」の飾り言葉が付く。
集まれる人は当然のことながら元気な人ばかり。足腰達者で且つ同期の人が集まるから参加するという人も多い。
昨年の総会から新年まで逝去された方は3名、多いか少ないかは意見の分かれるところであるが70歳過ぎれば「歳の順」と意味のない前置詞。あとは個人差とされる運命・天命・宿命と神の思(おぼし)召すところとか・・・。年男となった筆者、未年の運命は「辛抱」と言われているとか。何を辛抱するかは分からないが年金暮らしで消費税が上がった26年度、きっと金回りで辛抱せよ・・ということと理解。酒量を減らし健康に寄与しなさいとも理解。出されたお盆の一角には鍋物が鎮座。50席を超えるお膳の鍋に一斉に着火されたからたまらない。室温は一挙に上がり、会話のボルテージが上がったことはもちろん・・・身体を駆け抜けるアルコール混合の血はそのスピードを上げ、加齢の脳味噌を酩酊させるにはさほど時間はかからなかった。
飲み放題コースとはいえ、酒好きな御仁が集まる宴席、「酒もうないの?」のコールは続く。セーブをしながら酔っ払いを出さない幹事の苦労も悪く取られないように気を使う。そして、90分の宴席はフィナーレを迎えた。乾杯と万歳は年男の方からお願いすることに。今年も一回り上の羊年の方は見えなかった。足元の明るいうちの万歳は高齢者の宴会では必要な条件と納得の13日であった。