7/26 キューリからトマトへバトンタッチ

地区の学校は昨日から夏休み。初日が肝心と小雨降る中ラジオ体操に出かける。大人は誰も居ず、子供たち数名だけであった。雨天は実施しないと書いてはあったが初日から中止とはこの先が心配の筆者。「夏休みは子どもたちにとって地域が学習の場、地域の子どもたちには地域の活動や行事を通して、学校では学べないいろいろな事柄を経験してほしい」との願いで取り組むつもりである。
 今地域の子どもたちは、田舎とは言え大変な環境に置かれている。両親が共働きの場合が多く、日中の過ごし方や諸行事への参加の仕方など多くの制限があり、安心安全の確保が難しい。
 昨年度早朝ラジオ体操後の学習の場「寺子屋」を設置した。町内会主導だが、子ども会からは引率を一人出してほしいとに依頼し実現したが、今年度はほとんどが共働きで対応できないとの返事。
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 安心安全・責任の所在を確実にしない限り続けることは困難とみて断念した。
良かれと計画した事業も結局誰が責任をもってやってくれるか、というところになると二の足を踏む・・・ここから先に進まない。往々にして以下の流れとなるのだろうか。
 事故・事件発生 → 裁判 → 損害賠償 → 終了
話は変わる
現役時代から思っていたことだが、親は子供の養育や教育を他の専門機関(保育園・幼稚園・学校)に委託しているとしか思えない節がある。
このことは、子どもの学力が伸びないのも、子どものしつけが悪いのも、すべてこれら機関や指導者のせいである・・・そんなことばを聞いたことが多々ある。全て違うとは言わないが・・・。 ここから、賠償責任が発生すると思われて仕方がない。
一例を挙げれば、通学路でふざけて危ない登下校をしている児童を見つければ、学校へ即電話を入れる。その場でその子を指導をしない。
一般社会では、社員や従業員の態度に失態があれば、即「店長や社長、責任者を出せ」、と強硬だ。
 社会は、規則規約だけで収まりがつかないことが多い。人間同士のコミュニケーションを通して、理解し、解決し、課題を共有し、解決していく・・・これに尽きると思う。
 何を言いたかったか、安倍総理のご発言のようになりそうであるが。嘘を言わず、相手のことを理解(忖度)し、納得してもらうように努力することが大事だと痛感する。

地域行事は、大人目線も大事だが、子ども目線にも気を配るべきと痛感する筆者だ。

さて、表題のキューリトマトだが、3本のキュウリ苗で収穫した成果は、今まで25本だろうか。そのほとんどは「漬物」となった。「浅漬けの素」を求め、細切りに切り、ビニール袋に「浅漬けの素」と一緒に入れ、揉んで冷蔵庫保管すれば次の食卓においしくいただけた。
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 しかし、このキュウリ、収穫時期は短く、既に葉っぱは茶色く変色し、収穫は少なくなった。これに反して元気なのがトマトである。枝にたわわに実った赤い「ミニトマト」。
食べやすく、一口トマトで、あまり酸っぱくなく、どんな料理にも合う。
収穫期外には一パック300円から400円もしたトマト、しばらくは確か「リコピン」の栄養素だったと思うが潤沢に摂取できそうだ。

我が家のグリーンカーテンは、北側につき場所が悪く、未だ背丈10センチ(外側から見る)
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内側から見たところ
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by m-gamano | 2017-07-26 10:10 | 我が家のこと | Comments(0)