2017年 10月 07日 ( 1 )

10/7 核廃絶にICANの活動がノーベル平和賞受賞

ノーベル委員会は、今年のノーベル平和賞をNGOのICANに与えると発表した。例年個人授与が多かったが、今年の「核兵器禁止条約成立」に貢献したとの理由が大きかったようだ。
 しかし、唯一被爆国である日本は、アメリカの核の傘の下にあるとの同盟国がらみで、この禁止条約を受け入れていない。おかしな仲間意識を持ったものである。
 この受賞を聞いて思い出したことがある。確か筆者が6年生の時だった。下校途中に吐き気をもよおしてしまった。当日学校では、全校児童が体育館に集められ、映画を見た。題名は確か「ヒロシマ」だったように記憶している。

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 原子爆弾の直撃を受け、強い放射線と爆風を受けた広島市民の逃げ惑う姿を克明に写した白黒映画であった。当時筆者は6年生であったから12歳、生まれが1943年だから1955年、つまり昭和30年、戦後10年を経ってからアメリカ軍が写した記録映画を我々は見たことになる。


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 焼け落ちた屋根の中から焼けた顔をにょきっと出す市民。水を求めて川に飛び込む市民、船に這い上がろうとするが、頭を足で蹴飛ばされ、また川に沈んでしまう市民、皮がむけ赤く焼けただれた体のまま幽霊のような格好で街をふらつく市民等々、地獄を見たことはないがまるで地獄絵図のような映画であった。下校途中の思い出して吐いてしまったのも無理からぬ12歳の筆者だ。
 昔核を弄(もてあそ)ぶアメリカとソ連、そして今は北朝鮮。核の傘の下の抑止力などと言っているがとんでもないおもちゃを人類は持ってしまったものである。
 唯一被爆国である日本の役割は、アメリカの核の庇護の下で守られるのはなく、核の本当の怖さを世界に発信し続けることに尽きる。今回の受賞がこれからの核廃絶の大きな一歩となることを念じて止まない。



昨夜のことだが、春から秋まで地区の小学校5年生が「総合」で取り組んだ「米作り」の一連の農作業が終わったということでサポートした当町内老人会と学校の関係者が集(つど)いささやかな「反省会」を開いた。ご覧の通り畳は黄色ではなく青いことにお気づきだろうか。。
この反省会のコメントしないが、写真を見てお分かりのように、敷かれた畳は当日午前中に入った新品。使い始めが宴会となり主催者側としてはあまり喜ばしいことではなかった。町内会長&筆者も開会前に一言「新しい畳なので酔ってお酒はこぼさないでほしい。」と何回も繰り返した。おかげで何事もなく2時間は過ぎた。そこで思い出した常套句がこれ。「畳と〇〇は新しい方がいい。」


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話は7日に戻る。土曜日の午後、風なく、天気は曇りながらフライトにはもってこいの天気だ。
先週、フライトして、きれいに飛んだ「カルマート」機。今日は自分の手で飛ばすことにする。
しかし、バッテリー不足か、スターターのトルクが弱くエンジンを始動することはできない
やむなく、引き上げることに・・・この機中古でワカヤカ氏から譲りうけたもの。低翼で恰好は抜群である。

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鳴かず飛ばずの飛行機を格納し帰り支度中に、実機のヘリの音。音はすれども姿は見えず。
もしかして低空で接近かと思いきや、図星であった。前照灯を付け、赤いストライプの入った一軸の
白い機体。県立中央病院目指している。もしかして、救急患者の搬送かと思い見守る。
どうやら病院前のヘリポートの降りるようである。と、すればこの機体はドクターヘリか。

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撮影はスマホのカメラで行う、めい一杯アップにして撮ったがこんな程度だ。

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この機体、着陸後20分くらいで北の方角だから長岡か新潟の方に向かい飛び去った。
搬送患者はどうなったのだろうか。無事に処置されればいのだが。




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by m-gamano | 2017-10-07 17:17 | 世の中のこと | Comments(0)

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