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8/27 小人閑居して不善を為すかな?

 残暑厳しき中、地デジテレビのチャンネルを回す。ほとんど「選挙」と「酒井法子容疑者と麻薬」それに字幕スーパーで「地震速報」がオンパレードである。主夫の仕事も1ヶ月を越えたが毎日何を作ればいいのか、目玉焼き、カレー、ソーメン、酢の物、きんぴらぐらいしか知らない筆者にはネタ切れで、思い切って木田食堂へ飛び込みたい心境である。
 暑い日中ではあるが、朝夕は風がもう秋色、7月に買ったキャンプ用のテーブルとパラソル、それに椅子の使い初めである。朝日がきらきら光り、涼しい朝なら本でも読む気持ちになる。前を通る車や住民からは、「サンデー毎日で公務員上がりはいいね~。」と冷やかしながら通り過ぎる。もう十分働いたのに。まだ、働けってか?
 しかし、ここも午後になると「蚊」なるものまで出没し、香取線香を焚き、足を上げて涼まねばならない。季節なら10月くらいがちょうどいいかも。男一人には誰も近寄らない。今度はお茶かコーヒーでも出してお客をゲットすすつもりだ。雌の蚊が寄ってくること間違いない。(^^)

 夏の花々から秋の花々へバトンタッチか。芙蓉の大きな花びらががきれいだった。
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by m-gamano | 2009-08-27 22:53 | 我が家のこと | Comments(0)

8/24 日本文理ここにあり

天地人!粘りの越後:「日本文理」ここにあり!!
 越後人の粘りは、昔から聞いてはいたが、これまで粘るとは驚きであった。正にサプライズであり、越後人として野球から誇りと元気をもらったのは私だけなく、大勢の越後人がそうであったに違いない。解説やアナウンサーも繰り返していたが9回の2アウトから中京の10点の1点差まで追い上げたことは過去に経験がない・・とか。初めての決勝進出の新潟県勢、43年ぶり7回目の中京大中京の劇的な最終回であった。一人はしゃいでいた自分に「はっと」気がついたのは3時過ぎ、2時間余に亘る激戦であった。最後まで投げ通した伊藤投手、タイムリーな安打を打ち続けた高橋隼之介内野手、その他つなぐ全員野球を成し遂げた文理、中京の選手に万歳である。
「日本文理」は、来年甲子園に忘れた優勝を取りに戻ることだろう。がんばれ日本文理、そして新潟高校野球児諸君!前期高齢者も応援しているぞ!!

一雨毎に秋深まる
 高校野球の後は自転車で散歩?だ。団地傍の田んぼでは、既に黄色い稲穂が垂れ下がっている。長雨、低温など作物にはよくなかった天候の中でよく実ったものだ。日本の食料自給率でダントツが米、もう少しお天道様が出てほしいところ。これもコシヒカリだろうか?

 更に進むと南葉山麓を走る筈の北陸新幹線の建設中の橋脚が姿を現した。開通まであと5年か、それまで生きていたいものだ。橋脚の間にシルエットで南葉山が見える。
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by m-gamano | 2009-08-24 15:42 | 我が家のこと | Comments(0)

8/23 やったー日本文理次は優勝だ!!

 遂に新潟県高校野球史上初の決勝進出を日本文理がもぎ取った。万々歳である。11時からテレビにかじりついて応援すること二人、これまであまり興味を持たなかった我が爺婆も今回ばかりは別、対戦相手に大差を付けて勝ち進む文理の選手にもう興奮の数時間である。とにかくお目出度い。選手に大きな拍手を茶の間から送りたい。 特に印象深かったのが、ピッチャーの伊藤君。冷静さを持ち確実にアウトコース、下手をついて相手につけいる隙を与えないしたたか振りに感心しきりであった。また、高橋隼之助くんも童顔ながらもポーカーフェイスでタイムリーな安打、確かな守備でチームに貢献をしてくれていた。主将の中村君はここ一番というところでしっかりと締めて相手に点数を与えないところはさすがであった。 明日もしっかりとテレビ応援といこう。監督の「自分の戦いができればそれでOK」が心に染みた。明日はいい試合になるだろう。勝て勝て日本文理・・。(^^)


次は飛行機の話
 野球の後は、婆の機嫌が変わらないうちにフライトへ。飛行場は、ここも野球談義で盛り上がっていた。愛知県出身者が居たりして明日の試合が更にフェイバーしそうである。本日の逸品はオガワさんのスケールへり「Bell-230」の華麗なる飛行であった。さすがスケール機。実機そっくりの素晴らしい機体であり、フライトも優雅で思わずカシャと押してしまった。先日筆者が乗ったヘリよりきれいである。
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by m-gamano | 2009-08-23 21:51 | 映像関連 | Comments(2)

8/22 行ってきました謙信公祭夜の部

 暦の上では本日処暑とか。辞典がないので意味は正確には分からないが、恐らく暑さもこれまでというところか。昨日の雨で畑もやや持ち直した感があるが、まだまだ暑さは続くようだ。
 といいながら秋は静かに忍び寄っていた。今韓流ドラマにはまっているが「王と私」というDVDを借りにいく道すがら富岡の「J-MAX」の傍高速道の法面に生えたススキが秋を知らせてくれた。「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる」である。風ももう秋色である。これ詠み人だれだっけ? 

 毎年この日は、謙信公祭り、昨年までは。ガクトフィーバーで若者同様馬上の武者を撮影したが、ことしは「天地人」の北村一輝さんとか。夕方貸し切りの100円シャトルバスに乗り会場へ、着いた時は、ちょうど北村さんのトークショーが終わったところ。それから1時間上杉軍と武田軍の三方原の戦いのシーンを撮影す。
大勢の観客、そして全国から集まった武者エキストラが華麗な戦国絵巻を展開していた。見ている方も楽しいが演じている方はもっと楽しいだろうと感じた1時間であった。撮影した映像は、別に利用する当てもないが、とにかく撮影することが現職以来くせになり、撮り続けている。ファインダーからみる絵も人もまさにヒーローで光輝いていた。

 昨年と違い、今年は、大型液晶デスプレイが会場に2台セットされ、より見やすい工夫がされていた。これなら自宅で見ていたほうがベターかも?
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by m-gamano | 2009-08-23 00:48 | 我が家のこと | Comments(0)

8/21 勝って嬉や文理のベスト4入り

 毎日蒸し暑い日が続く。早く秋になればと思いながらも、田んぼはこの暑さが一番大事、今年の7月から8月にかけて低温日照不足は、稲ばかりか野菜まで大きな被害をもたらしたとか、ジャガイモの高騰が報じられていた。我が家の畑では、ゴルフボールくらいのかわいいジャガイモガ多く採れた。一口ジャガである。
 話変わってベースボールのこと 高校野球もベスト8に駒を進めた日本文理が島根の立正大しょう南(漢字がない)と対戦し、11×3で快勝したことは大変嬉しいことであった。例年一回戦ボーイで終わるのだが、今回は全員安打でつないだ野球が展開され、淡々と投げ打ち、走る文理の球児の試合運びに大きな拍手を送った。

 今頃全国で活躍している新潟県出身者は大手を振って歩いていることだろう。筆者は、新潟に近いチームを応援してきた。東北、花巻東、長野日大である。願わくば日本文理にベスト4から決勝へ駒を進めてもらい、勝利の旨酒を飲み干したい。
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by m-gamano | 2009-08-21 22:56 | 我が家のこと | Comments(2)

8/16 零戦対P-38は?

 11日に始まった我が家のお盆休み、本日三男が去ってようやく爺と婆の寂しいいつもの生活に戻った。何処の家でもそうであるように、我が家もかわいい孫と子ども達の帰省に爺と婆のテンションは大いに上がった。
 話はかわって
 三男の出発後飛行場では、ホサカ氏のアメリカ軍旧戦闘機P-38のテストフライトがあるとのことで出向く。
購入は数年前であるが、調整が面倒で、本日はヤマザキ氏とサノ氏が支援し、調整後見事にフライトに成功した。拍手喝采であった。

 久々のスケール機のP-38の出現に注目が集まったところで、アナグマさんがタイミングよく旧日本海軍の零戦を持ってきていた。日米戦闘機のそろい踏みである。アナグマさんの零戦も格好よく、写真に納まった。タイムスリップした零戦をご覧いただきたい。

 零戦とp-38両機とオーナーの二人が揃って記念写真に収まってくれた。飛行機のサイズは、縮尺がちがうのでややアンバランスである。これらスケール機は練習機とは違って操縦が難しく、慣れるまでが大変とか。それにしても太陽がまぶしい。
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by m-gamano | 2009-08-16 21:13 | 映像関連 | Comments(2)

8/15 終戦の日 本物のへりに乗る

 今年の夏はいつもとは違って戦争に関する記事が多い。酒井法子事件、大原女子の死、国政選挙のニュースもあったが、戦争に関する記事も大変多かった。戦争体験者の年齢も80歳を越え、今伝えなければ永遠に戦争は語られることが無くなるとの思いか、口をつぐんでいた元兵隊さんの語りが多い。
それにしてもいつも腑に落ちない言葉「終戦」である。本当は「敗戦」であろう。それがいつの間にか「戦争が始まって、戦争は終わった。」でくくられてしまっている。自然に戦争が起こり、自然に終わった訳では無い筈。これを聞い子ども達は事実の一つとしかとらえないのではないだろうか。負けたことから「なぜ戦争が起きたのか。なぜ負けたのか。」を検証しない限り、「これからの日本の進むべき姿」が見えて来ないのではないのろうか。そして毎年問題となる国会議員の靖国神社の参拝の合否がくれ返されていくだろう。
 さて、昨夜14日も毎年のこの時期泣かされるアニメ映画「火垂の墓」を見た。今年は長く見ることはできなかった。戦争の被害者として男の子とその妹「セツ子」の切なくも苦しい生き延びるための毎日、多くの母親、そして、大人は我が子と我が母と重ね合わせながら涙したことだろう。戦争はおろかである。

 お天気となった本日、いつものラジコンではない本物のへりに乗る機会を得た。妙高パインバレーにて本日も体験飛行をしているとか、妻から聞いて行く気になった。これまで飛行機はジャンボと双発プロペラ機に乗ったことはあるがへりはない。10時に妙高市の妙高パンバレーに赴く。夏、ここは都会から来た大勢の学生や家族連れが合宿や避暑を楽しんでいる。妻は「もしへりが墜ちたらどうするの?」と心配気な顔、いい顔では無かったが、墜ちる事はないだろうとタカをくくる。先日米子空港から離陸した二人乗りヘリが墜落した記事が頭を過ぎった。
 へりはフランス製、5人乗りで機体が小刻みに振動している。音は大きい。車のように静かでなめらかではない。風を掴み、空気を押しながら浮かぶ3Dの動きをするシロモノである。いつも飛行機を飛ばしている自分にとってへりは摩訶不思議な飛翔体だ。

 飛行時間は10分間、5000円ぽっきりのワンフライトである。コースは妙高山か野尻湖かである。私たちは野尻湖コースで5人搭乗す。乗り心地はよくない、エレベーターとジェットコースターに乗ったような動きで胃の調子良からず。それでも景色は最高であった。

 野尻湖上空で60度のバンク角で方向転換転換したときは、そのまま墜落かと思われ気持ちはよくない。
やっとレストハウス前の着陸ポイントへ進入したときはやれやれであった。右にデジカメ、左にビデオ、副操縦席からの撮影は最高であった。今度は1万円コースに挑戦か。その前に高額生命保険が必須。
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by m-gamano | 2009-08-15 23:38 | 我が家のこと | Comments(0)

8/14 来て嬉し 帰って嬉し(?)の孫たち

 一週間の空白。ブログに夏休みはないが、多忙につき1週間のブランクをいただいた。端的に言えば、息子と孫の帰省で取材ができず、時間も不足で空きをつくることになった。
 わずか3泊4日の短い滞在であったが、長男夫婦と孫、そして次男三男の帰省。病み明けの妻は大いに元気をもらったようだ。反対に大きく疲れることにもなったようだ。
 孫は2歳と2ヶ月のやんちゃ坊主、甘えと自己中でかわいくもあり、手に負えない部分も併せ持つ。ビデオを構えるとすぐにほしがり、

 花火をすると上に向けて打ち上げるなど危険この上ないのである。

サングラスを上下逆さまにするなど、ハチャアメチャではあるが、その仕草ひとつ一つが妻に元気を与えたようだ。

息子にとって普段は、なかなかふれあえないためか、今回の帰省は大きな信頼回復のチャンスとなったようだ。孫をかわいがる息子の姿に、知らず知らずその昔の自分と重ね合わせていた。

 いつもなら、決して出たがらない妻も孫のお遊びにつきあい、シャボン玉づくりを楽しんでいた。

 
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by m-gamano | 2009-08-14 23:35 | 我が家のこと | Comments(2)

8/6 道良くなり人は去り

 キャンプ2日目、ようやく晴れてキャンプ日和となった。昨夜作りおきのおにぎりとワカメのみそ汁をいただき、チョイ不良親父連中は帰途に着いた。筆者は、その昔勤務した宇津に向かった。高尾とは子どもたちが交流会をする仲間であった。今から30年も前のこと、道路は当然砂利道、歩いて行き来したこの道も今はアスファルト舗装、途中にいくつか主の居ない廃屋が藪の中に見え隠れしていた。「道良くなり人は去っていった」ようだ。
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by m-gamano | 2009-08-05 16:49 | 我が家のこと | Comments(0)

8/5 ガキ大将道場キャンプ参加記録

 曇天が続く本日、ようやくお休みを妻からもらい、表記キャンプ生活にチョイ不良おやじも合体することにした。「それでも行くの?」妻の恨めしいような言葉を背に受けて、牧区高尾ふすべ山キャンプ場へと車を急がせた。キャン場への道は聞いたものとは大違いであった。カーナビは役立たず、車は道の無い空を飛んでいるような表示であった。おまけに高尾地区への道中は携帯も圏外を示し、聞くに聞けず、第一村人も居ない。行きつ戻りつの1時間であった。一歩間違えば脱輪、転落である。ようやく見つけたキャンプ場テントサイトは「めだかのひろば」の傍にあった。



 一日目の昼食は「流しソーメン」である。青竹の節を削り、4本をつなぎ合わせて流した。美味であったが箸で止めると流れが止まり多くのソーメンは脱輪して地面へ落下、モッタイナイである。そのうち、ミニトマトや桃の缶詰も流れてきた。筆者は悪のりし、朝採りキューリをサイコロに切り流した。とても好評であった。このレースは箸遣いの訓練にもなったようだ。

 夕飯は定番の「カレーライス」、本日のルーは「こくまろ」である。例年「ハウスバーモント」であるが、市場のニーズが変わってきたようだ。

 飯盒で炊いたご飯は、明日の朝食にも使われる。お焦げも少々ある昔懐かしいお焦げ入りのおにぎりとなった。子どもたちは市内の小学生23名、高田農業高校ボランティアのお姉さんも数人応援、そしてチョウイ不良親父4名の支援で行われた。夕食後はチョイ不良親父のI氏の支援で「ファイヤーサイトへの火矢による着火儀式であった。紅白に分かれ、距離を置いて火矢による着火競争である。低学年の男子が第一着火人となった。

 その後は、筆者の映写会。16ミリ映画「背負子日記」を上映す。普段はテレビしか見ない子どもたちではあったが皆食い入るように見入っていた。この映画は爺と婆が見れば涙ものであろう。自然と祖父母と孫のやりとりが美しかった。
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by m-gamano | 2009-08-05 16:44 | パソコンのこと | Comments(0)

幸せ探して


by m-gamano
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