11/11 オーレンプラザは商売繁盛

 上越の週末は全国の天気同様暗く、大荒で低温に見まわれた。時折雹(ひょう)がばらばらと降ってくるなどゲリラには恐れ入った一日となった。
 そんな中、11月は「上越市教育を考える市民の月間」とか。週末の本日新装なった多目的広場「オーレンプラザ」では、終日教育に関する催し物が開かれた。
 先回紹介した本プラザだが、やけに色調がダークで伸び行く上越市を表現する色調ではない。
直江津市と高田市が合併したときは、その色も希望と成長を示す「ウグイス色」であった。
この館、公園という雰囲気に合わせたか、派手を嫌ったか、ご覧の通り白と黒、それも面ではなく直線を基調としたものであった。これは何?とその中身を訝(いぶか)るように暗いイメージである。
貸館なら貸館らしい、人寄せパンダのように明るい色にしてほしかった。



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# by m-gamano | 2017-11-11 22:03 | 世の中のこと | Comments(0)

11/11 オーレンプラザは商売繁盛

 上越の週末は全国の天気同様暗く、大荒で低温に見まわれた。時折雹(ひょう)がばらばらと降ってくるなどゲリラには恐れ入った一日となった。
 そんな中、11月は「上越市教育を考える市民の月間」とか。週末の本日新装なった多目的広場「オーレンプラザ」では、終日教育に関する催し物が開かれた。
 先回紹介した本プラザだが、やけに色調がダークで伸び行く上越市を表現する色調ではない。
直江津市と高田市が合併したときは、その色も希望と成長を示す「ウグイス色」であった。
この館、公園という雰囲気に合わせたか、派手を嫌ったか、ご覧の通り白と黒、それも面ではなく直線を基調としたものであった。これは何?とその中身を訝(いぶか)るように暗いイメージである。
貸館なら貸館らしい、人寄せパンダのように明るい色にしてほしかった。



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# by m-gamano | 2017-11-11 22:03 | 世の中のこと | Comments(0)

11/11 オーレンプラザは商売繁盛

 上越の週末は全国の天気同様暗く、大荒で低温に見まわれた。時折雹(ひょう)がばらばらと降ってくるなどゲリラには恐れ入った一日となった。
 そんな中、11月は「上越市教育を考える市民の月間」とか。週末の本日新装なった多目的広場「オーレンプラザ」では、終日教育に関する催し物が開かれた。
 先回紹介した本プラザだが、やけに色調がダークで伸び行く上越市を表現する色調ではない。
直江津市と高田市が合併したときは、その色も希望と成長を示す「ウグイス色」であった。
この館、公園という雰囲気に合わせたか、派手を嫌ったか、ご覧の通り白と黒、それも面ではなく直線を基調としたものであった。これは何?とその中身を訝(いぶか)るように暗いイメージである。
貸館なら貸館らしい、人寄せパンダのように明るい色にしてほしかった。



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# by m-gamano | 2017-11-11 22:03 | 世の中のこと | Comments(0)

11/11 オーレンプラザは商売繁盛

 上越の週末は全国の天気同様暗く、大荒で低温に見まわれた。時折雹(ひょう)がばらばらと降ってくるなどゲリラには恐れ入った一日となった。
 そんな中、11月は「上越市教育を考える市民の月間」とか。週末の本日新装なった多目的広場「オーレンプラザ」では、終日教育に関する催し物が開かれた。
 先回紹介した本プラザだが、やけに色調がダークで伸び行く上越市を表現する色調ではない。
直江津市と高田市が合併したときは、その色も希望と成長を示す「ウグイス色」であった。
この館、公園という雰囲気に合わせたか、派手を嫌ったか、ご覧の通り白と黒、それも面ではなく直線を基調としたものであった。これは何?とその中身を訝(いぶか)るように暗いイメージである。
貸館なら貸館らしい、人寄せパンダのように明るい色にしてほしかった。



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# by m-gamano | 2017-11-11 22:02 | 世の中のこと | Comments(0)

11/9 秋深し、我が団地に新居増え

ここ数カ月前から我が団地は建築ラッシュ。といってもたったの三軒だけの建築だが。
南葉山麓、日本スキー発祥の地金谷山の地が我が地域。豪雪と杉の木と不便さに埋め尽くされた感のある地だ。
更に加えるなら、終戦までここには旧陸軍の練兵場があり、射撃場があったところ。筆者が引っ越した頃は、陸上自衛隊がまだ使っていた。パンパンという音が非日常的な雰囲気を醸し出していたおっそろしい僻地であった。
 その地も今やっと光が当たるようになってきた。インフラ整備の波が押し寄せる春が来たのだ、昔のこの地を知っているご仁からは「えらく開けたね、よかったね。」の言葉をよく聞かされる。

 引っ越してくる人は、もともと当地出身で都会暮らしを定年で終え、故郷で悠々自適の生活を送りたいという人。そして、今働き盛り、子育て真っ最中の中堅どころなど、そのプロフィルは多彩だ。
 掲載した写真は(撮影許可はいただいてある)、在来工法ではなく、いわゆるプレハブ工法という。
在来工法が柱を使った工法なのに、プレハブ工法は、面(壁)を基本としたもので、簡単に言えばマッチ箱のような、段ボールのような作りである。

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この工法、実は我が家もこの工法で建築したもの。筆者学生になったばかりの昭和36年、新潟の大学に入ったその年に新潟地震を経験した。時同じくして本県を会場にして国体が行われ、その国体が終わってすぐに地震が襲った。いわゆる「新潟地震」である。その年受験に来て渡った昭和大橋は見事に桁が落ち、無残な数カ月の命であった。筆者在籍が高田であったため、本丸の公園ないの校舎でその自身の地震を経験したが、はじめ笑って授業を受けていた仲間の顔がこわばっていく様を今でも忘れることはできない。校舎の瓦屋根は龍の体の鱗のようにうねり飛び散り、プールの水は洗面器の水のごとく飛び散っていった。
 こんなことはどうでもいいのだが、新潟の一般家屋の多くはこの地震でぺしゃんことなり、県営アパートは基盤である砂地が液状化現象で傾き、基礎が丸見えとなってしまうなど、驚かされたものである。

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 この時に、傾かなかった、壊れなかった家屋の中に、表記のプレハブ工法の住宅があった。柱に横揺れや縦揺れが加わるのと違い、面で支えるこのスタイルが強靭なものであることが立証されたのである。更にこの工法は南極探検隊が居留する日本の探検隊基地の住居や作業棟に使われていることも分かった。

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 プレハブというと今でも浮かぶのが工事現場の事務所や作業員宿舎など、すぐに壊せるための緊急避難所的なイメージが強い。
 しかし、今やこの工法はいろいろな実験がされ、社会的も認知された優秀な工法と評価されている。風には強い、雪にも強い、高気密、高断熱など優れた特性をもっている建築工法である。
 ただ、構造の主体である壁を切り取ったり、開口部を大きくすることは、強度の面から制限があり、弱点になっている。
柱のない構造だけに、運び込まれた部材は全て面単位で組み立てられたものがほとんどで、驚いたのは既に窓にはサッシが入り、ガラスが入っているのである。
 昔のアメリカ映画などを見ると分かるが、荒野に教会を立てるシーンがあるが骨組みはあるものの
面で組立、みんなで引っ張って立ち上げ、そこへ次の面を立てる工法があることが分かる。ツーバイフォーとも言われるとうだが建築方法は日進月歩である。


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# by m-gamano | 2017-11-09 15:13 | 世の中のこと | Comments(0)

幸せ探して


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