7/27 命がけのラジオ体操と草刈り

雨ごいの神事でもしたくなるような快晴のじりじりが続く。毎日5枚くらいランニングシャツを着替える。ちょと表に出るだけで吹き出す汗。人間一日一回は汗をかくべし、とは昔から言われてきたが働きもしないのに、汗をかく日が続くとは人生70年このかた経験したことのない現象である。
26日夕方、ゴミ集積所付近の草はボウボウ、誰も刈ってくれるような奇特な人はない。このために役員に選ばれたわけではないが、町内会役員の端くれである筆者は、責任を感じて刈り払い機を持参し、人目に付くように人々が帰宅する時間を狙って嫌みの草刈り。(本心ではないが、)
 ゴミに関する苦情は毎週後を絶たない。燃えるゴミの中にプラゴミを入れて出す人。生ごみの中に燃えるごみを入れて平気で出す人。当番もたまったものではなく、その悲鳴は町内会長や役員に向けられる。 
 作業は草刈りだけではない。側溝にたまった雑草上げや土砂上げに要した時間は小1時間、汗は吹き出し、体力はヘロヘロとなりじいさんになった感はぬぐえない。

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今年の夏ほど酷暑が続き、報道各社から命を守れとの呼びかけがあった年はない。学校は早々の夏休み、そしてエアコンの整備も進められた。地区の小学校は25日から夏休みに入った。夏休みに入れば出てくるのが高齢否恒例のラジオ体操。
我が町内の小学生は20名と少ない。両親は仕事、一緒に体操ができる親は多くない。
そこで老人会も町内会も子供たちの安全を確保するために、一緒に体操することにしている。
決して若くない老体にムチ打って、連帯感をもってもらうことに。強い日差しはだれの体もを熱くし、汗を吹き出させる。参加者は日時計のように体操の間中(あいだじゅう)日陰を求めて駐車場を一寸刻みで太陽と共に移動する。

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草と泥だらけの滑走路、満を持して整備完了す。飛べるぞ
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この滑走路河川敷利用とあって、天敵は水。数年前からの度重なる異常気象から発生する大雨洪水、即滑走路は冠水。そして、滑走路を覆う大量の川砂。排水を考えて関川側には写真のように大きな排水路を数か所設けた。手前滑走路、上が関川に繋がる排水路。排水時はいいとしても、増水すればここから滑走路に大量の水が流れ込むのは目に見えている。水が入るのは仕方なしだが余計な砂利や流木は御免だ。


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この夜は、全国的に皆既日食、太陽、地球、月が一直線上に並び、夜半にかけて月が次第に欠け始め、全体が赤銅色に染まる。その一大天体ショーが始まる数時間前、西の山に沈んだ太陽が残した雲の写真がこれである。妻曰く「おどろおどろしい色だね。何か悪いことでも起きねばいいが。」と。
筆者には夕日は茜雲になるとばかり思っていたが、青い空と茜雲が段違いに重なって見える様は皆既日食の前段ショーかと思っていただけに人の感じ方の違いを見た思いであった。

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明ければ週末28日土曜日
地域起こしと言えるか、その昔黒田小学校の分校があったところから小学校まで子供や村人が通学し生活道路としてしも使っていた古道とも言える里道(さとみち)を再度整備し、昔の歴史に思いを馳せようとの取り組みが始まって3年になる。市から活動助成金を得ながら有志30名を超える一大活動組織までになった。筆者のような古老から現役世代までのやる気のある人達が結集す。本日午前中は手にチェンソー、刈り払い機、ノコギリ、ナタ、熊手などを持ち整備に取り掛かった。上越妙高駅などを俯瞰できる大三階(おさんがい)からの展望は労働で疲れた体に一服の清涼剤となった。ここ大三階は標高255メートル、南葉林道灰塚線から少し登ったところにある。絶景のロケーションである。上段右に上越妙高駅がかすかに見ることができる。

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草刈り、倒木を排除しながら、最終到達地「桜清水の地」へと到達す。下界は毎日猛暑、川も干からびてチョロチョロだと言うに、ここだけはチョロチョロながら15.6度の湧水が湧き出ていた。

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周囲には昨秋植えた各種桜の木が5本元気であった。周囲を草刈りし、集合者写真に収まる。

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この日の反省会は金谷山下の晴山荘にて行われた。
日本スキー発祥の地金谷山のおひざ元の料亭の一つである。
足の痛みは翌日がピークだろうと心配しながら流し込んだ生ビールは格別であった。


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●この日筆者は蜂に刺される。キイロアシナガバチでなくホットする。
蜂のダメージは日頃のアルコール消毒が効いたか後遺症は全く無かった。
道を間違えて大三階から標高差255メートルを徒歩で下山する羽目に、しかも刈り払い機持参である。スマホは持っていても古道は表示されず、一人ボッチの下山に膝がケタケタ笑っていた。
迷い道の足へダメージは1カ月後に出てくるだろうと踏む。




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by m-gamano | 2018-07-27 08:37 | 世の中のこと | Comments(0)