8/12  孫と息子の帰省


今年の我が家の息子たちの帰省だが、次男家族を除く2家族8名となった。次男家族は親の仕事の調整がつかず、お盆帰省は見送りになったという。妻曰く「一番帰りたい子だったのでさぞや残念がっていることだろう。」
と、そっそくお米やあれこれ送る段取り、清水屋に行き、お米を求め、精米して送る力仕事はじじの仕事、老体にむち打ち買い出しかから精米、道の駅回りのアッシー君は今年もじじの仕事になっていた。

帰省客でごった返す筈の新井道の駅の客足もこの時間帯では今ひとつ。それでも新鮮な野菜をゲットできたのは喜びであった。


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鮮魚センター前の野菜店の看板が面白い。八色スイカの看板だが、矢印のロゴに注意。


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つい先日、息子たちの帰省に合わせ山小屋の布団干しではないが、夏冬兼用の毛布や敷布団、夏掛けなどを一斉に干した。飾り煙突が少しばかり違和感があるが小さな家に満艦飾の布団干しが終日続いた。
おそらく孫たちは寝れない夜を田舎で経験することになるだろう。

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息子たちの帰省と同時に何を血迷ったかお天気は雨模様。嬉しくもあり嬉しくもないお天気だ。農家の人たちは小躍りして喜こび、行楽地は喜んだり戸惑ったり、とその功罪は乱高下だ。


群馬県の防災ヘリが墜落し、9名の隊員全員の死亡が確認された、とのニュースが飛び込む。
墜落事故と言えば、今日から34年前の昭和60年8月12日、乗客500名余を載せた日航ジャンボ機が群馬県御巣鷹山中に墜落、国内の旅客機事故としては最悪のものとなった。
下の写真は、中越地震で山古志村で救助に当たる群馬県の防災ヘリ「はるな」

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飛ぶものは落ちる、形あるものは崩れる、生あるものは死す。これ世の常と葬儀でよく聞かされる常套句だが、天寿を全うしない死ほど切なく辛いものはない。明日はお盆の中日、この日を迎えるからではなく、最近日々自らの余命・運命・宿命。天命を考えるようになった筆者だ。
帰省する度に大きくなる孫、これに抗して負けじと踏ん張るも衰える体力に人生の瀬戸際を感じるのも筆者だ。

猛暑の中に秋を感じさせる雲いくつ
ナルス南田店の上にかかった秋雲

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ナルス駐車場から見た夕方の西空。今しも雲間から沈む寸前、しかし茜色ではない。

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この画像も同じ西空の夕方風景である。

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何もかも初体験の田舎教師時代
 11日(土)のこと
昭和55年から3年間教鞭をとった旧東頚城郡牧村宇津小学校閉校30周年、同窓会50周年記念イベントに招かれお邪魔した。
30年前、閉校記念式典にも出席したがこんな小さな田舎の学校であったかとつくづく時代の歩みの早さと己(おのれ)の生涯の早さに驚かされたひとときであった。
新潟県は南北に長く、山の多い県、特に上越地方は山また山に囲まれ僻地の学校が多い。僻地一級の指定、全校児童数は確か20数名、二部複式で学級担任は3名、校長教頭を入れても5名の極小規模校であった。
複式学級は以前3年間経験したとは言え、校務のほとんどを兼務するとあっては、1時間の半分は直接指導、半分は間接指導をしなければならず、指導案を準備するなど神技に近い所業。ため息の毎日だったことを覚えている。研究主任、生徒指導主任、体育主任、児童会担当、視聴覚主任、JRC等々大規模校なら主任など一つ当たれればいいほうのところだが。


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旧校舎はの半分は取り壊され、半分のみが現存していた。また、体育館は通り壊され、跡地には山菜加工場が作られていた。


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写真の白い建物がその山菜加工場。この日在京の同窓生多数を迎えたグラウンドには160名の人々が集まった。地元の同窓生と交わす昔懐かしい話がそこここに
花咲いていた。

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旧校舎の2階には、その昔から撮りためた多くの記録写真が展示され、その時代を生きた同窓生の活動を見ることができた。
 筆者が勤めた昭和55年から3年間の活動記録もしっかりとアルバムに収められていた。筆者の風貌といえば、頭髪は剛毛、剃刀で剃ったほほのひげは濃く残り、顔の輪郭は逆三角形と今とは真逆の出で立ちであった。
 その中に日報の記事を見つける。
当時理科の実験で使うセットなどはなく、理振法で整備された備品以外は手作りしかなく、筆者の器用貧乏が疼(うず)いて、全自動否全児童で
手作りのボートを作ってしまった。しかもエンジン付きのプロペラ船である。前任校は海岸にあり、そこでモーターボートの運転免許証を取得、ついでに模型クラブで手作りのボートを製作、その経験が生きた。エンジンは実家の不使用になったバインダー(稲刈り機)のエンジンをもらい受け、木製のプロペラを削り出し、扇風機を後ろにつけた格好で進む代物。地域のため池を借りて児童会長を前に座らせ恐る恐るエンジン始動したことを覚えている。
ゆっくりだがミズスマシのように進んだ。今の時代なら危険ということで校長から中止の指示が出ていることだろう。
古き良き時代であった。

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今は8月13日(月)の午前11時30分。10時前から雷とともに降り始めた雨は「これ見たことか」脅すように猛烈な降り方に。何もお盆のど真ん中にこんなに降らなくても、と憎らしく思った帰省客も多いことだろう。洗濯物は乾かず、ぶら下げたまま軒下に。
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Commented by 輝珀 at 2018-08-17 10:30 x
夏休み遊びに行って楽しかったです。
海で魚を見たことが、一番の思い出です。
また遊びに行くので、よろしくお願いします。
by m-gamano | 2018-08-12 14:25 | 我が家のこと | Comments(1)

幸せ探して


by m-gamano