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11/30 ITにとって代わられる視聴覚

 その昔、筆者がまだ小学生の頃の話。各家庭ではラジオが全盛期の時代、電気が来ていれば聞くことはできるがランプ磨きの家庭ではそれもままならなかった戦後のド田舎の農村地帯。
 そんな中、村の公民館といってもそこは庵主(あんじゅ)さんが住む家で部落(ぶらくの呼び名は今は差別用語で出さないが)の集会場。そこに町の公民館から主事さんが来て地域住民に幻灯機でカラーの映像を見せてくれることになった。

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 スライド映写機などというハイカラな名前はなく、俺たちは幻灯機といっていた。紙芝居とは大違い、明るく高熱を発する光源ランプを内蔵し見るからに高そうな幻灯機であった。写すスライドはロール巻になっており、弁士がしゃべり、それに合わせて画像を一コマ一コマ送るのである。


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ロール巻のスライドは手書きされ着色されたものでそれはそれはそれは明るくきれいに仕上がっていた。
 上映された作品のタイトルは確か「青の洞門」とか「恩讐の彼方」とかいう有名な物語であったと思う。
 テレビも無く、あるものと言えば静止画でおじさんがしゃべる紙芝居ぐらいか?そんな時代の幻灯機はそれはそれは子どもの心に新風を吹き込ませる魔法の箱以外の何物でもなかった。
 その後時代は移り、映画が全盛期を迎え、トーキーに代わり、銀幕のスターが出、イーストマンカラーがさらに映画の有名にし、サイレントからトーキー映画となり、シネマスコープに変わって視聴覚の媒体が人々の心に深く染み込むことになる。
 学校教育では今ではあまり語られなくなった「視聴覚教育」が教育の分野で大きな力を発揮した。
 戦後映画が日本の学校教育や社会教育に与えた影響は大きく、進駐軍として日本を占領したアメリカによる日本の民主化の道具として使ったことは余りにも有名。アメリカは日本の民主化には当時兵隊の戦時訓練に多用した映画が一番とナトコ映写機を使い、学校や公民館で上映し見て覚え聞いて覚えるには映像教育以外に効果の出せるものはないと確信していたようであった。

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 筆者小学生や中学生の頃を思い出す。全校児童生徒が体育館の集まり見せられた映画の数々、蒸し暑い暗闇の体育館で見た映画は今でも覚えている。「ビルマの竪琴」であり、「ヒロシマの原子爆弾投下の記録映画」であった。
 そのあと、学校ではNHK教育から放送される学校向け放送番組が「放送教育」して全国各学校の全教室に設置されたテレビで学ぶことになる。


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この話はこれから数回続くが本日はここまでとし、次の話題に変える。
 




Commented by yuurakus at 2020-12-01 03:42
懐かしい話ですね!
年を取ると鮮明に思い出すのが不思議ですね!
by m-gamano | 2020-11-30 19:08 | 世の中のこと | Comments(1)