やはり雨は嫌なもの。ここ数日早朝より雨と風が舞い上がり、日本全国コロナ禍の風が舞い上がり、天地がひっくりかえったかバケツをひっくり返したような雨が西日本、そして東北、九州・中国地方を襲っている。特別警戒警報とかいういつも新しいリスクめいた造語に驚かされる。
そして、今朝の新聞一面に出された大見出しが~東京 感染「制御不能」~・・などと言う何がどうなって、これからどうなるのか、国民を不安に陥れる用語に並んでいた。
表記の4文字から浮かぶイメージだが、筆者的には、飛行中操縦装置の不具合か天候の急変によりパイロットが操縦不能となり、墜落しかない状態のことを言う。
つまり、東京都は感染拡大が大きすぎ、人間の手に負えない状況になったことを示していることだと思う。手に負えないとは、医療従事者の手に負えないくらい医師、看護婦、病院、機材,器具などの医療体制が深刻な機能不全に陥っているといいうことらしい。それだけ感染が拡大し、患者数が爆発的に増え、現在の在庫・体制・マンパワーではとてもとても手が回らないところまできてしまったことらしい。
言い換えれば「いつも我々が遭う災害レベルで感染が猛威を振う非常事態」だと言う。
つまり最近よく聞かされる「自分の身は自分で守る」段階まで追い込まれている、と言う。
なんと無責任なことか、ここまで追い込まされるまで、東京五輪ピックにはあれこれ制限を掛けながらも、自宅でせいぜい精一杯応援してほしい、そして、決まったことだから五輪は実行し、世界の祭典の手前実施はする、といいとこどりの及び腰の日本の態度のツケがお盆のど真ん中を襲う格好になってしまった。
この時期いつもなら、どこでも既に迎え火を終え、今夜明日は帰省した子どもたちや孫たちに囲まれ、親やじじばばも一緒になって祖先へ思いを馳せ楽しいひと時を過ごしている筈。
表題の意味不明の言葉は、我が田舎の辺りでお盆の迎え火と13日に藁に灯をともし、線香や供物、盆花、お水を持参しながらお墓から自宅仏壇まで仏を案内する時に呼ぶ念仏のようなもの。「会(え)とれ」とは「一緒に我が家の仏壇に行きましょう。」とのお誘いである。よく使う言葉「会者定離」の使い方を思い出してほしい。
残念ながらこのお天気では、仏は何処に戻ればいいのか、流された橋、お墓に通ずる道も壊れ、きっと難渋しているに違いない。
コロナ禍のことだが、古来何処の国にもその生い立ちから現在まで、時代は変っても疫病が流行り、多くの感染者が亡くなったことは歴史が物語っている。
時と場所によっては国の存亡に関わるだけの大惨事になったことも珍しくない。それだけ、時の科学・医学・疫学など全ての学問の総力を結集して取り組まなければならない大災害であることに間違いはない。
これまでの政府が対応したことついて、野党から大きな苦言が出ていた。「この大変な時期に国会を休会するとな何事ぞ、議員は9月の選挙のための運動に走ることはせず、国中を行脚して国民の苦しみの声を目と耳で調べコロナ禍の現状を知り、終息に向け取り組むべき時だ。」と叱咤激励していた。
テレビは朝から日本全国の気象情報をつぶさに調べ、報道し、ついには土砂災害の恐れがある場合は、危険を避けるために、2階の
山側と反対の土砂災害を直に受けない場所に移動するように」と声を嗄らして呼びかけていた。
何故か朝のNHKドラマ「モネ」がぴったりと予報したような流れになってしまった。
ついつい見入ってしまった筆者だ。