昨今海の向こうからは干ばつが続き、大規模火災が頻発し、民家まで火元が押し寄せる大惨事が起きているという。日本も同じくここ数年異常気象地殻変動のせいで
台風の早期発生や大量発生、そして無軌道な進路、これに伴って大洪水や土砂崩れ、そして地震や津波の発生などと単なる地球温暖化の説では説明できない不気味さが鎌首を持ち上げてきたようだ。

防災関連に町内会役員の一人として少しは防災に突っ込んでいるが、考えるに防災は無理としてもせめて減災を大幅に前進させることができないかと考える。
特に西日本の土砂災害では、被災した多くの民家は山間(やまあい)の崖っぷちにあり、右を見れば急峻な崖もしくは植林地、反対側には崖がありその下は川となっている。大雨で山の水でオーバーフローした時には土砂災害や土石流が民家を襲い、川に押し流されることになる。
浅学非才の筆者でもこのような道理は容易に理解できる。以下の道理など容易に言えるのではないだろうか。
原則1 一般住宅は急峻な山間(やまあい)には作らない
 次に今回の土砂災害の多くに低地に造営された住宅地や住宅が河川堤防の決壊により床下浸水や床上浸水に見舞われ、大きな災害となった。これとて周囲を概観したり俯瞰したらすぐに分かりそうなもの。その昔社会で勉強したが天井川というのが河川の下流域にはよく出現するということを学んだ。下流域の河川は土砂の堆積作用が大きくなり、堤防を高くしても堆積が進み、住宅の地面よりも河川の水面が高くなってしまい、決壊した場合住宅は床下・床上浸水は免れない。
そこで心がけたいのが

原則2 住宅地は、近くを流れる増水時の河川の水面よりも高く、堤防が決壊した場合でもその横溢した水面よりも高く作ること。


冠水しまくりの滑走路河川敷にある。すでに数回の冠水で整備に金喰う虫的存在。真ん中の長方形が整備された滑走路。その右が一級河川関川。左の緑地が堤防の法面。
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買ったアサガオの種の花やはりきれいだ

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上のアサガオコメリで買い、種から育てたもの、やはりきれいだ。
は改良や交配せず、毎年採った種を蒔いて育ててきたものやや鮮やかさに欠けるが我が家伝統アサガオだ。薄水色だが素朴な色がいい。

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初めて満席となったライブラリーの映写会
筆者が始めたライブラリー映写会だが、歴史を編むこの12年目の二桁台に上がった。この間(かん)、毎月第四日曜日の午前午後の2回実施してきたが10年前から午前一回に、そして今年からは上映日を第四水曜日に変えた。高齢者が増える昨今、日曜日に設定せずとも大勢の暇な方は来場するだろうとの読みが当たったようだ。
 先日22日当日は研修棟2階70席が全て満席となった。上映映画は「綾小路きみまろ爆笑!第3集であった。中高年のための応援歌と銘打ってブレークした彼だが、巧妙な言い回しと「あれから40年」を大当たりさせ、観客を大いに笑わせる様は見事であったた。


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明日からゆっくり眠れる夏休み
今日は8月25日(土)の週末。本日で小学生と一緒の夏期ラジオ体操が終わる。二日酔いの日でも寝苦しく熟睡できなかった日でも無理して出た体操だが、狙いは二つ、自分の健康のためと小学生の参加を見守り安心安全を確保するためであった。これには我らが老人力は大きい。当校のCS(コミュニティー・スクール)の一員としての筆者の役割もあるが・・。
とにかく無事に終わってホッとだ、ここまできてはたと困ったこと。それは子どもたちには子ども会から頑張ったことを称えてご褒美が出されるが、老人会には声が上がらない。老人会の会計に余裕がなかったせいか、今年の役員にその気がなかったせいか・・・は不明だが。折角カードに出席のハンコを押してもらいながら、そのハンコに見合うだけの対価に何も出ないでは寂しい。筆者下の写真のようにミニ賞状とテッシュ箱を用意し、体操終了後にお配りした。大人でもいただけるものならば鉛筆1本でも嬉しいもの。どっかに飾って成果のほどを家族に自慢してもらえると嬉しいのだが。
ちなみに筆者の出席は、全出席すべき20日間のうち二日酔いを欠席した二日間以外の18日間出席す。

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秋空二つ
暑い日中だが、秋は確実に近づいているようだ。飛行場から妙高山系の山並みを見た。お昼である。強硬狭山から崩れた飛行機雲のように広く帯状になんとか雲が北東へなびいていた。

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そして夕暮れ時の西の空、太陽が沈んだ後にナルス店から捉えた茜雲二枚、きれいにグラデーションがかかっていた。今でなければ見られない風景だろう。

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# by m-gamano | 2018-08-23 11:32 | 世の中のこと | Comments(0)
久しぶり引っ張り出した毛布、そして半袖シャツ。急激な温度変化に対応できず、しどろもどろの老体。気持ちは若いつもりだが実年齢と加齢気味の体力は正直だ。
 二つの息子家族が帰ったお盆過ぎ、台風一過のような空虚なお盆明け、しばし仕事が手に付かないままに町内会の夏祭りが町内主導で始まった。毎年のことながら町内の行事といいながら集まる町民は少なく、単なる大人の酒飲み会ではないかとご批判もいただくことが多い。



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町内では
この時期、いろいろな夏祭りがれ、イベント風にプレゼンされた出し物が多く、これらイベントに慣れきった地元民には自らの手により地元を自分たちの手で活性化しようという気持ちは生まれてこないらしい。

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だれかが企画し、準備してくれたイベントには客として参加はするが、我らが町内を若者からお年寄りまでみんなで創り上げていこうという意識は希薄である。
国が言う「働き方改革」でもっと地域に目を向けた町民が増えることを願っているのだが、文化会館で沢田研二のステージがあるから失礼する、などとの声を多く聞く。


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夏祭りには多くの団体から理解と積極的な参加がなければ成功はしないことは分かっている。子供会、老人会、町内会などだが、その役職の方々のほとんどは高齢化が進む、少子高齢化社会となった今だが、その昔、音頭をとってくれた青年団や婦人会、若妻会など組織は皆無となったのも大きな原因の一つである。


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あれやこれや考えあぐねた末のメニューは、輪投げ大会、生ビール大会、ビンゴゲーム、等々と魅力あるものとはなっていない。



この日

夏祭りの前段にサロン実施

この日の参加は普段より少し多い23人の参加。13人より多いと言われればそうだが、それにしてもこれも少ない。地区の高齢者のためのイベントという意味から一般的なイベントと同じく参加者が多ければいいというものではない。その時の体調や都合で少ない日もある。
この日設定したゲームは、ゲートボール形式で新聞紙を丸め、アルミ箔でくるんでボールにし、ゲートボールのステックで3メートル先の太陽紙に書いた点数表に的当てするもの。ボールは真円に非ず、スピードがなければとんがりで横へ進路変更し、速ければ直進はするものの点数表を越えてパスしてしまう、やっかいな調整力が問われる。最高は30点をゲットした80代の方が優勝となった。

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この日の映画は「中島みゆき」の主題歌でヒットしたNHKスペシャルドラマ「プロジェクトx」シリーズの一つ「海底ロマン」である。
昔ながらの懐かしき良き風習、映画が終わったら観客から予想外の拍手、担当者としては嬉しいご褒美であった。

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夏祭りを考慮して15分間早めの終了。終わりには恒例の「お茶会」。100円の参加費だが、駄菓子だけでは寂しく思ったか毎回差し入れが嬉しい。本日は農家の方から黄色のスイカが提供された。筆者のヘボ判定では糖度11か?美味な味であった。



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# by m-gamano | 2018-08-21 20:07 | 世の中のこと | Comments(0)
本日上越高田の気温は、お昼時マイカーの温度計は37度を示していた。蒸し暑く少し動くと汗がべっとりと噴き出てしまい、下着を換えねばならない、しかもその下着(ランニングシャツ)は身体にべっとりと纏わりつきなかなか脱げない。
このkionndaga気象台の公式発表は36.5度と概ね同じ。
お昼を正午を少し過ぎた頃、教育委員会が入っている「教育プラザ」の管内放送が職員に「黙祷」の一斉放送を流していた。一瞬何の放送かと訝(いぶか)ったが気が付いた頃は「既に秋声」(この句は何かの一節だった筈)
 天皇陛下のお言葉があり、そして安倍総理大臣の言葉があり、戦争のない平和な日本平和な世界を願っているように見えたが、日本政府は被爆国でありながら核の抑止力で平和を維持しようとする同盟国アメリカの方針に沿って、反対の意思表示をできないでいる矛盾に満ちた態度を取り続けている。
この態度に被爆地広島や長崎からは痛烈に批判の声が挙がっており、世界に向けて日本が取るべき態度でないことを指摘されている。当然である。
ここにきてメディアは、開戦までのシナリオでは裏の交渉には世界各国の利害が絡んでおり、そこには政府が派遣する役人の衣を着たスパイが暗躍したというから驚かされる。例えば、アメリカは日本が先に戦いをしかけるように小細工し、日本海軍がパールハーバー攻略ではフライングするようにしてしまうなど、アメリカ国民に戦意の高揚を引き出すことに苦心したという・・・いろいろな駆け引きがあったというから不思議な流れに驚かされた筆者だ。
筆者思うに「終戦」ではなく、「敗戦」だと思う。
だが、敗戦にすると再度戦う輩がでてくる心配があり、終戦扱いにしたのも苦肉の策だったのか。上層部しか知らないからくりであろうか。

そして、͡この夜午後7時30分からのNHKスペシャル番組「ノモンハンの真実」を観る。
「ノモハン」という用語について筆者の歴史的知識など、ソ連の一地区で起きた日本とソ連との小競り合いぐらいとしか理解していなかった。また、これには海外派兵された陸軍最強の部隊関東軍が関わっていることぐらいしか持ち合わせはなかった。
 NHKが総力を挙げて調査した元関東軍の将校や関係者及び旧ソ連、アメリカ軍関係団体からの内容を繋ぎ合わせると本土の陸軍参謀と中ソ派兵の関東軍の意思決定には大きなずれがあり、一人の若手将校の突っ走りが大東亜っ共栄圏&領土拡大とそれに関わる合戦に大きく影響していったことが理解できた。
 対独と対日に対峙しなければならないソ連だが、日本軍は鉄砲一丁を持つ貧弱な歩兵部隊、対ソ連は強大な航空戦力に加え大量の戦車を保有し地の利を得た精鋭陸軍部隊。日本はこの差も読み取れない貧弱な情報戦力に泣くことになる。加えて兵力では関東軍は25,000人であるのに対しソ連陸軍は57,000人とこれまた倍以上の開き。

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 天と地ほどもある国力・戦力の差、これを分かろうともしない精神論一辺倒の日本の軍部、外交努力もしようとしない頑(かたく)なな日本政府。結局意に反して参戦させられ、尊い命を落としたのは若い兵隊と国民であった。 
戦争を起こしたのは日本である。そして負けたのは日本である。


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「戦争は終わった。のではなく、負けたのである。戦中に生まれた私たちは何も知らないし、戦後生まれた日本人は猶更知らない。それでも戦争の惨禍は負わされて生きていかねばならない。
今の為政者の口も思想も軽い、戦争は悪だと言いながら戦いのための軍備を拡張しようとしている。歴史で学んだ有名な用語「富国強兵」を叫ぶ安倍政権の「一強他弱」も困るが「一党独裁」がもっと怖い筆者である。


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# by m-gamano | 2018-08-15 16:43 | 世の中のこと | Comments(0)

8/12  孫と息子の帰省


今年の我が家の息子たちの帰省だが、次男家族を除く2家族8名となった。次男家族は親の仕事の調整がつかず、お盆帰省は見送りになったという。妻曰く「一番帰りたい子だったのでさぞや残念がっていることだろう。」
と、そっそくお米やあれこれ送る段取り、清水屋に行き、お米を求め、精米して送る力仕事はじじの仕事、老体にむち打ち買い出しかから精米、道の駅回りのアッシー君は今年もじじの仕事になっていた。

帰省客でごった返す筈の新井道の駅の客足もこの時間帯では今ひとつ。それでも新鮮な野菜をゲットできたのは喜びであった。


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鮮魚センター前の野菜店の看板が面白い。八色スイカの看板だが、矢印のロゴに注意。


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つい先日、息子たちの帰省に合わせ山小屋の布団干しではないが、夏冬兼用の毛布や敷布団、夏掛けなどを一斉に干した。飾り煙突が少しばかり違和感があるが小さな家に満艦飾の布団干しが終日続いた。
おそらく孫たちは寝れない夜を田舎で経験することになるだろう。

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息子たちの帰省と同時に何を血迷ったかお天気は雨模様。嬉しくもあり嬉しくもないお天気だ。農家の人たちは小躍りして喜こび、行楽地は喜んだり戸惑ったり、とその功罪は乱高下だ。


群馬県の防災ヘリが墜落し、9名の隊員全員の死亡が確認された、とのニュースが飛び込む。
墜落事故と言えば、今日から34年前の昭和60年8月12日、乗客500名余を載せた日航ジャンボ機が群馬県御巣鷹山中に墜落、国内の旅客機事故としては最悪のものとなった。
下の写真は、中越地震で山古志村で救助に当たる群馬県の防災ヘリ「はるな」

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飛ぶものは落ちる、形あるものは崩れる、生あるものは死す。これ世の常と葬儀でよく聞かされる常套句だが、天寿を全うしない死ほど切なく辛いものはない。明日はお盆の中日、この日を迎えるからではなく、最近日々自らの余命・運命・宿命。天命を考えるようになった筆者だ。
帰省する度に大きくなる孫、これに抗して負けじと踏ん張るも衰える体力に人生の瀬戸際を感じるのも筆者だ。

猛暑の中に秋を感じさせる雲いくつ
ナルス南田店の上にかかった秋雲

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ナルス駐車場から見た夕方の西空。今しも雲間から沈む寸前、しかし茜色ではない。

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この画像も同じ西空の夕方風景である。

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何もかも初体験の田舎教師時代
 11日(土)のこと
昭和55年から3年間教鞭をとった旧東頚城郡牧村宇津小学校閉校30周年、同窓会50周年記念イベントに招かれお邪魔した。
30年前、閉校記念式典にも出席したがこんな小さな田舎の学校であったかとつくづく時代の歩みの早さと己(おのれ)の生涯の早さに驚かされたひとときであった。
新潟県は南北に長く、山の多い県、特に上越地方は山また山に囲まれ僻地の学校が多い。僻地一級の指定、全校児童数は確か20数名、二部複式で学級担任は3名、校長教頭を入れても5名の極小規模校であった。
複式学級は以前3年間経験したとは言え、校務のほとんどを兼務するとあっては、1時間の半分は直接指導、半分は間接指導をしなければならず、指導案を準備するなど神技に近い所業。ため息の毎日だったことを覚えている。研究主任、生徒指導主任、体育主任、児童会担当、視聴覚主任、JRC等々大規模校なら主任など一つ当たれればいいほうのところだが。


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旧校舎はの半分は取り壊され、半分のみが現存していた。また、体育館は通り壊され、跡地には山菜加工場が作られていた。


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写真の白い建物がその山菜加工場。この日在京の同窓生多数を迎えたグラウンドには160名の人々が集まった。地元の同窓生と交わす昔懐かしい話がそこここに
花咲いていた。

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旧校舎の2階には、その昔から撮りためた多くの記録写真が展示され、その時代を生きた同窓生の活動を見ることができた。
 筆者が勤めた昭和55年から3年間の活動記録もしっかりとアルバムに収められていた。筆者の風貌といえば、頭髪は剛毛、剃刀で剃ったほほのひげは濃く残り、顔の輪郭は逆三角形と今とは真逆の出で立ちであった。
 その中に日報の記事を見つける。
当時理科の実験で使うセットなどはなく、理振法で整備された備品以外は手作りしかなく、筆者の器用貧乏が疼(うず)いて、全自動否全児童で
手作りのボートを作ってしまった。しかもエンジン付きのプロペラ船である。前任校は海岸にあり、そこでモーターボートの運転免許証を取得、ついでに模型クラブで手作りのボートを製作、その経験が生きた。エンジンは実家の不使用になったバインダー(稲刈り機)のエンジンをもらい受け、木製のプロペラを削り出し、扇風機を後ろにつけた格好で進む代物。地域のため池を借りて児童会長を前に座らせ恐る恐るエンジン始動したことを覚えている。
ゆっくりだがミズスマシのように進んだ。今の時代なら危険ということで校長から中止の指示が出ていることだろう。
古き良き時代であった。

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今は8月13日(月)の午前11時30分。10時前から雷とともに降り始めた雨は「これ見たことか」脅すように猛烈な降り方に。何もお盆のど真ん中にこんなに降らなくても、と憎らしく思った帰省客も多いことだろう。洗濯物は乾かず、ぶら下げたまま軒下に。
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# by m-gamano | 2018-08-12 14:25 | 我が家のこと | Comments(1)
8月6日は多くの日本人にとって忘れることのできない記念と言っていいいかどうかはは分からない日。そして73年過ぎた今日の日は忌まわしい戦争の傷跡となって心に突き刺さっている人は多い。。
 広島に原爆が投下され、多くの人々が意に反して一瞬にしてこの世を去らねばならなかった日でもある。
そんなことは当時生まれたばかりの筆者には、分かりようもなく、学校の学んだ日本史の一コマにしか記憶に留まっていない。
 その今日、20日間の長きにわたってお出ましのなかった「お雨様」が狂ったような形相で朝の通勤時間を少し過ぎたころお出ましとなった。朝のラジオ体操時に時突然途絶えた放送、南葉山の黒雲、お雨様のお出ましの前兆であったことが理解できた。
パソコン研修会でライブラリーに向かい、降車できず大雨の去るのを待つこと5分、嬉しさ80割の筆者、これで生き延びられる、とほっと胸を撫でおろしたのが正直な気持ち。

8/5(日)猛暑で意識もうろうの毎日だが、目がくらんだビール飲み放題、冷しゃぶ食べ放題の🚌バス旅行の顛末

日曜日はJAのバス旅行と予約が入っていた。なにしろお一人様4,000円で小布施、志賀高原の旅という。しかも売りは、昼食時には生ビール飲み放題、冷しゃぶ食べ放題というから日頃「放題」の言葉に弱い筆者たちにとって願ったりかなったりの旅と機体否期待が膨らむ。


この日の信濃路も暑く、越後とほとんど変わらない気温、盆地特有のモアっとした乾いた暑さはやはり海を持たないせいだろうか。
この日のコースだが、栗と北斎の町・小布施を散策す。ここは上越からは野尻湖と並んで至近距離の観光地、大分前だが、温泉に入ったり、あれこれ高原野菜を妻と求めたことを思い出した。
すぐにお昼と相成り、連れていかれたのが中野市の「ビアンデ中野店」ここでは3台のバスが同時に入って即昼飯&生ビールと冷しゃぶ飲み放題、食べ放題となっていた。
 

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# by m-gamano | 2018-08-06 15:38 | 世の中のこと | Comments(0)

幸せ探して


by m-gamano